
“カツカレーを大衆化した人物”と伝えられる金沢カレーの巨匠。
開業当時としては珍しい高級レストランのカレーにトンカツをのせたカツカレーを低価格で提供。
以後、“うまい・早い・ボリューム満点・しかも手頃な価格”をモットーに多くの若者の支持を得、現在に引き継がれています。多くのお客様から「チャンピオンカレーはおいしい」との評判をいただいているのは創業者が一流のコックとして、洋食の基本を熟知しており、そこからスタートし、現在もその技を引き継いでいるからです。
<プロフィール>
| 昭和 6年 | 石川県山中温泉の有名料亭の料理長の長男として生まれる。 |
|---|---|
| 昭和24年 | 洋食の一流シェフをめざすため、東京新橋で修行を重ねる。 |
| 昭和31年 | 修行を終えて金沢市に帰り商工会議所別館・繊維会館で料理長を務める。 |
| 昭和36年 | 金沢市内で「洋食タナカ」を開業し、カツカレーを生涯の作品とする。 |
| 昭和60年 | チャンピオングループの会長。 全日本司厨士協会石川県本部参与。 |
| 平成19年7月 | 死去(享年76歳) |
シャイで控えめでたいへんやさしい人柄でした。しかし厨房では普段の姿から想像できないほど スケールの大きさを感じさせる根っからの料理人でした。しかも人望に厚いこともあり、本職以外に 北陸司厨士会の立ち上げに尽力し、本会に残した功績は大きいものがあります。
「カレーのチャンピオン」業暦をご紹介します。| 昭和36年(1961) |
|---|
金沢市高岡町で「洋食タナカ」をオープン。当時のメニューの中にカレーの上にトンカツをのせた
「カツカレー」が人気を呼び、現在のチャンピオンの“原形”ができる。 |
| 昭和46年(1971) |
| 金沢市の繁華街中心の片町で「ターバンカレー」と名称を変更して カレーライス専門店を新装オープン。 |
| 昭和49年(1974) |
| 時代を先取りする郊外型カレーライス専門店をめざすため、現在の野々市町金沢工業大学前に本拠地を移す。 |
| 平成4年(1992) |
| 名称を「ターバンカレー」から「カレーのチャンピオン」に又、同時にフランチャイズ店の展開を始める。 |
| 平成12年(2000) |
“家庭の食卓にもチャンピオンカレーを”とチャンピオンカレーパックを商品化し、宅配も可能となり
全国的に名前が少しづつ知られるようになる。 |
| 平成17年(2005) 10月 |
| 本店の規模拡張を図るため、リニューアルオープンする。又、本店敷地内にチャンピオンカレー工場の本社事務所を併設。 |
| 平成18年(2006) 6月 |
| 名称を「株式会社チャンピオンカレー」に変更。 |
| 平成18年(2006) 9月 |
| カレー工場を白山市水島地区に新設移転工事開始。 |
| 平成19年(2007) 1月 |
株式会社カレーのチャンピオン白山工場竣工。 |
| 平成19年(2007) 2月 |
| 白山工場HACCP認定工場に指定される。 |
| 平成20年(2008) 6月 |
| >> 受賞の記事はこちらオーストリア・ウィーンでカレーパック(1㎏入り)モンドセレクション受賞。 |
| 平成20年(2008) 7月現在 |
北陸を中心に全国28店舗を出店。 |











金沢市高岡町で「洋食タナカ」をオープン。当時のメニューの中にカレーの上にトンカツをのせた
「カツカレー」が人気を呼び、現在のチャンピオンの“原形”ができる。
“家庭の食卓にもチャンピオンカレーを”とチャンピオンカレーパックを商品化し、宅配も可能となり
全国的に名前が少しづつ知られるようになる。
株式会社カレーのチャンピオン白山工場竣工。
北陸を中心に全国28店舗を出店。